災難よけ地蔵尊のいわれ
蔵王にトレッキングした人々にとって、一番の懐かしさと思い出となっているのは、地蔵山に鎮座する地蔵尊坐像であろう。
いまはエコーラインやロープウェイで気軽に登頂できるようになったこの山も、以前は嶮しい山として遭難者が絶えなかったので、六道能化を主眼とする地蔵菩薩がまつられたのには大きな意味があった。
この地蔵尊は江戸時代の中期、安永四年(1775年)八月に建立されたが、不思議にそれ以後は遭難者が少なくなり、誰いうともなく「災難よけ地蔵」とよばれるようになった。
またこの地蔵尊に祈願すれば、あらゆる願いがかなえられ、とくに不慮の災難をのがれると伝われて、年毎に信仰者がふえ、いつとはなしに山そのものを地蔵山とよぶようになった。
安山岩に刻まれ、この山で二百年もの長い間風雪に堪えて来たこの地蔵尊像は、全高二三六㎝(七尺八寸)という堂々たるもので、これだけのものを、天候の激変する高い山頂に運び上げたことを思い合わせるとき、驚異と同時にいかに建立者の悲願が大きかったかが偲ばれる。
尊像の左右に、いわゆる「子地蔵群」がありますが、いつの頃からか、そのうち二体の頭部が欠損しておりましたので、一段とご利益が高まりますように山形市の石材業石駒さんに修復依頼いたしました。
様々な資料を参考にして衣装・立居等の観点から右側は観音様、 左側は不動明王ということが判明し、彫像が完成・修復されました。
〔平成20年5月〕 |